『Return to Primitive Heart  1.』


 少年は羊皮紙を束ねたノートを小脇に抱え、蒼い髪を揺らせながらパタパタと走り寄る。
 その先には勤めから帰ってきたばかりの父の姿。


「父様!質問したい事があるのですが……」

「ん、なんだいクリフト?」

「あの……蘇生呪文『ザオラル』と、『ザオリク』についてなのですが」

「ふむ」

「どうして不完全ともいえる『ザオラル』と、完全なる『ザオリク』があるのでしょう。
 同じ蘇生呪文なのに確率が違うという、その根本が知りたいんです」

「……それは学校で習ったのかね?」

「はい、今日授業で」

「先生に質問はしなかったのかい?」

「……したのですが……」


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 「先生、今日の授業について質問があるのですが」

 「ん、なんだい?」

 「同じ蘇生呪文なのにどうして成功率に差があるのでしょう。その理論がわからなくて」

 「それはだね……神の御業において……え〜っと……つまり……」

 「??」

 「クリフト君」

 「はい?」

 「申し訳ない!実は私にも詳しくはわからないんだ。
  『ザオラル』は私も習得しているし、『ザオリク』についても教科書などで学びはするんだが……。
  完全なる蘇生呪文『ザオリク』は誰もが習得できるわけではない。
  その呪を扱う事が出来るのは大神官となる資格のある者のみ……神より認められし者のみなんだ。
  教会の神父ですら、実はこの呪は使えないんだよ」

 「そうなんですか」

 「正直な話、私も知ってはいるが使えない。
  だから実感をもってわかりやすく説明となるとこれがまた……スマン。
  でもお父上ならご存知かもしれないよ」

 「……わかりました。ありがとうございました」

 「ひとつ頼みがあるんだが」

 「はい、何でしょう?」

 「もしお伺いできたら、今度私にもぜひ教えてくれないかな?
  君の授業なら私もよく理解できそうだしね」


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「……というわけで……」

「ははっ。
 生徒にも見栄を張らずに、わからない事をわからないと素直に言える。
 その先生はとてもいい先生だな」

「はい、とても優しい先生です!」

「そうか……よしわかった。
 そうだな……クリフト、そこのロウソクを持ってきてごらん」


 蒼い髪の少年は一本のロウソクを父に手渡す。
 父は微笑みを絶やさぬままそっと火をつけた。

 ゆらゆらと輝きを放つ炎。


「……このロウソクの長さが人間の寿命だと仮定しよう。
 ロウソク本体は人間の肉体、炎は今まさに生きている人の命だ。
 クリフト、この炎を消さないようにするんだぞ?」

「はい」

「ではいくぞ?」


 言うや否や父は大きく窓を開ける。
 途端に吹き込む強い風。
 炎は揺らめいたかと思うと急激に小さくなり一瞬消える。
 少年が慌てて窓を閉めると、ゆらりと小さい炎が戻り揺れ、また元の大きさになった。


「ふむ。ではもう一度」


 今度は手元のグラスをロウソクにかぶせる。
 燃焼に必要な酸素の供給を絶たれ、炎はまた消えかける。
 大急ぎでグラスをどけると、炎はまた輝きを取り戻した。


「これが『ザオラル』だ」

「??」

「一度炎は消えた……正確に言えば見えなくなったな。
 だが一見消えてしまったようでも、まだ完全に燃え尽きたわけではなかったんだ。
 小さな火種がまだ残っていた。だからすぐに手を打つ事で炎はまた蘇った。
 人も同じ。
 肉体は死したように見えても、魂はまだ遠く旅立ったわけではない場合がある。
 肉体から離れ、旅立つ前の魂を神の御名において引き戻す呪。
 それが『ザオラル』なのだよ」

「………」

「だがこの呪は、完全に離れてしまった魂を引き戻す事はできない。
 それが成功率に差が出る、と言う事になる」

「つまり成功しない方の魂は、すでに旅立たれてしまったと言う事ですか?」

「そうだな。正確に言うと『手が届かないところまで離れた』と言うべきかな。
 そうなるともう『ザオラル』で蘇らせる事は不可能だ。 
 完全に消えた炎にいくら酸素を供給しても再び灯る事はないだろう?
 まだ引き戻されるべき魂である事に加え、時間との勝負である場合が多い。
 例え使命が残っていて、引き戻されるべきだったとしても、悲しいかな術者の技術が不完全であれば失敗する事もある。
 まぁ時間が許す限り何度でもかけなおす事はできるがね」

「では、『ザオリク』は?」

「……つまり、こういうことだ」


 父はロウソクの炎をさっと手で薙ぐ。
 あれほど消さないようにと気をつけていた炎は完全に消えてしまった。
 軽く息を吹きかけて煽っても、ゆらゆらと細い黒煙が漂うだけ……唖然とする少年の目の前で、父は消えたロウソクを両の手で覆い、再び火をつけ直す。
 炎は蘇りまた明々と輝きだした。


「今完全に炎は消えた。
 だがロウソク自体はまだ燃えるのには十分だ」

「はい」

「火種が残っていたわけではないから、新たに火を灯さぬ限り再び燃える事はないだろう。
 神の御名の元、火種すら消えてしまった命に再び火を灯す。
 それが『ザオリク』だ。
 ……だが人の命は、ロウソクのように新たに何度でも火を灯す事は出来ぬ。
 輝き燃えるのは一度きり……。
 命の輪廻の一端とも言える『蘇生』を司る、それはとても重い事だ。
 だからこそ神自らが、心正しいと認めた者にのみ使う事が許されるのだよ」

「………神に認められし者のみが使える呪、という事ですか……」

「うむ。
 欲望やエゴで生と死を安易に操る事ができたとしたら、人のみならず全ての種の存続に影響するからね。
 しかし誰でも習得できるものでない代わりに、『ザオラル』のような不確定要素は一切ない。
 ロウソクにまだ蝋と芯が残っていれば、火をつければ確実にまた燃えるだろう?
 同じように見えるが本質が少し違うのがわかるかな?」

「……はい」

「回復呪文は言わずもがな。
 死を司る禁呪『ザキ・ザラキ』、そして生を司る祝呪『ザオラル・ザオリク』 。
 全てを使いこなす事で術者は他者の命を操る事になる。
 先ほども言ったが、それは神の御業の一端を担うといっても過言ではない。
 故に完全なる蘇生呪文『ザオリク』は、ただ経験や年数を積み上げるだけでは習得できない。
 神より認められし者が祝福と共に与えられる最後の呪文なのだよ」 

「……それはすごい事なのですね……」

「そうだな。
 そして完全なる蘇生呪文を操る者……神より資格を与えられし者のみが『大神官』となり、民だけでなく神官をも導き育てているわけだ。
 ……だがいくら完全とはいえ全ての人の命を引き戻す事はできない。
 使命を終え『寿命』を迎えた魂は還るが運命(さだめ)。
 燃え尽きて溶けたロウソクに、再び炎を灯す事ができないようにな。
 ……その真理だけは不変のものだ。
 別れる哀しみ辛さは人として当然の感情だ。
 だが現世にある者のみの価値観が全てではない。
 覚えておくと良い」

「……はい……」


「ところでクリフト」

「はい?」

「……家でまで敬語は疲れるんじゃないか?」

「あ、いえ……」

「神官学校での礼儀がきちんと身についているのは大いに結構。
 だが、自分の家でくらいは肩の力を抜きなさい。
 他ならぬ両親にまで遠慮をする必要などどこにもないよ?」

「あ、はい!」

「ほらまた」


 大きく笑い自分の頭をなでてくれる父の掌の温かさに、少年は心の底がじんわりと満たされてゆくのを感じていた。




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