『 Phantasm moon 1.』
蒼い月の夜には、どうぞお気をつけ遊ばせ。
天は地に。地は天に。幻想は現実に、現実は幻想に。
惑わしの月光に導かれ、背中合わせの世界に迷わぬように。
そこの旅の方。蒼い月の夜には、どうぞお気をつけ遊ばされませ―――。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ここは、何処?
一面に咲き乱れる花。月光に照らされ蒼白く、淡く彩られている花。
風が吹き抜けるたびに花弁が舞い上がり、降り積む雪のように舞いおりる。
不規則に乱れ飛ぶ燐光がいくつもいくつも、ほら、あちらにも、こちらにも。
踏みしめる足元すらふわふわとおぼつかない。油断したら夢の世界に取り込まれてしまいそうで。
真綿で締めあげられるような得体の知れない不安と恐怖に、アリーナは思わず悲鳴を押し殺したような声で、クリフトの名を、呼んだ。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
野営のさなか、見張りの交代まであと半刻ほどのことだった。
何処となく気が張っていたのか予定の時間より少し早めに目を覚ましたアリーナは、寝袋から這い出るとクリフトの元へと歩み寄った。
彼女の気配に振り返ったクリフトは、少し疲れた笑顔を見せて「まだ早いですよ」とやんわりたしなめる。
だがアリーナは苦笑いを浮かべてゆるゆると首を振った。
「目が覚めちゃったの」
「横になるだけでも違いますからもう少しお休みに……」
「ううん、かえって体がなまっちゃうから」
「そうですか……」
今日の戦闘はいつにも増して激しかった。立て続けに回復呪、防御呪連発から攻撃要員としての参戦とそれこそ息つく間もなく戦い続けていたクリフトにとって、夜通しの見張りはきついものがあった筈だ。
だが彼は自ら野営の見張りをかってでた。カイルをはじめとした、他メンバーの回復を最優先としたのだ。
『回復ならミネアさんもいますから』とはクリフトの弁。「その代わり日中は馬車で寝かせてもらいます」と冗談めかした彼の様子が、ひっかからなかったといえば嘘になる。
だから、知らず眠りが浅くなっていたんだろうな、とアリーナは内心でこっそりつぶやいた。
「クリフト、私があとは引き受けるから、アナタこそ少し休んだら?」
「そんな恐れ多いですよ。それより姫様こそ、少しでも」
微笑みながら言葉を紡いでいたクリフトが、さっと表情を変える。
同時にアリーナも、周囲に鋭い視線を投げかけた。
気配を感じる。単独?複数??
……ざわざわと足元から這い登ってくるような感覚。茂みから飛びかかってくるような殺気。
なのに、明確に捉えることが出来ない。すべてが霧の中のようにぼやけている。
なにかが、おかしい。
クリフトが聖水をまきながら祝詞を唱えている。
アリーナは彼をかばうようにさっと前に出ると、形容し難い空気の中から一点でも確かな何かを見つけ出そうと神経を研ぎ澄ませた。
祝詞の最後の一節を合図に、聖水によって描かれた魔方陣から清い水の如き澄んだ光が立ち上り、仲間たちが眠りこんでいるテントを包み込んだ。
「……姫様、いけますか?」
「もちろんよ。でもクリフト、アナタ……」
「大丈夫です。野営の勤めでもありますから」
前方に目を向けたまま、クリフトがアリーナの手を捕まえ、一瞬ぐっと握り締める。
すぐにほどかれた手に戸惑う隙も与えず、彼は「行きます。気をつけて」と鋭く言い放ち、駆け出した。