『思えば遠くへ、来たもんだ  1.』


 サントハイムでバルザックを倒したはいいものの、誰もが後味の悪さをかかえてそれでも先へ先へと進んで、時はいつの間にか、1ヶ月半ほど過ぎていた。

 否応なく流れる時間に少しずつ、それぞれの心が落ち着きを取り戻していく中、たった1人、ミネアだけは日を追うごとに口数が減り、ぼんやりすることが多くなっていた。
 それはここ一週間ほどでさらにひどくなり、声をかけても心あらずのまま、ぼんやり虚空の一点を見つめ続け、強く肩を揺さぶられて初めて気づくという状態が頻繁に起こるようになってしまっていた。
 体調が悪いのか何かあるのかと問われても彼女は固く口を閉ざし、わずらわしそうに頭を振るばかり。
 心配ではあるが誰もがどうにもできず、とりあえず動けぬ彼女の分まで他のメンバーがカバーして旅を続けていた。

 そんな、ある日の事だった。

 魂が抜けたかの如く呆け続けていたミネアの瞳が強い光を取り戻した。
 そして青嵐吹きすさぶ中、開口一番、サントハイムに戻らせろと言い放ったのだ。
 しかも、城内に行くのは自分の他にはマーニャ、クリフト、カイル。
 これにはブライが激昂した。
 今まで皆がどれほど心配していたか、それでも理由を聞かずそっとしておいたというのに、何の説明もなく言うに事欠いて一国の城に入らせろとは。
 それも自分という重鎮、さらにアリーナという主を差し置いて。もはや聞き捨てならぬ。何たる無礼、何たる非常識!
 普段はおおらかなアリーナもまた、この申し出には眉をひそめ戸惑いを隠せない。
 何か理由があるなら言ってくれればいいのに。それにサントハイムの事は自分だってブライだって詳しいのに、どうしてクリフトだけ?
 無意識に生まれるあらゆる邪推が余計にアリーナの心を曇らせる。
 だがミネアは水晶玉を手に、ぎっと2人を睨みつけ、叩きつけるように声を上げた。たった一言、「今しかないのです!!」と。

 まるで別人のようなミネアの形相。彼女の瞳はぎらぎらとした光を放ち、水晶玉を通り抜けあらぬ彼方だけを見据えている。
 こういう時のミネアがいったいなにを見ているのか。
 よく知るマーニャが、焦りの色を浮かべ、だが口調は努めて冷静に、ブライの前へと歩みでた。


「爺さんの面白くない気持ちはわかる。
 だけどきっと、時間がないの。お願い、行かせて」


 ミネアのような霊感はないものの、天性の勘の良さで彼女も何かを察しているのだろう。
 それはブライにもよくよくわかっているはず、だがおいそれと見逃すわけにもいかないのも、またわかる。
 カイルが、口を開いた。


「なにがあったかは必ずあとでみんなにちゃんと、ミネアの口から説明させる。
 だから、今はとりあえず俺らで行かせろ。
 ライアン、トルネコ、ブライ、アリーナはこのまま進み、街で宿を取りそこで待機だ。
 文句は言わせねぇ……行くぞ!」


 なにか言いかけて言葉にならぬアリーナをちらりと一瞥して、クリフトが軽く頭を下げた。
 カイルが言い切ると同時にマーニャがルーラの詠唱を練り上げていく。
 その速さにブライは思わず目を見張った、と同時に、4人は流星となって、飛んだ。


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 着地と同時に、ミネアは水晶玉を掲げて歩き出す。
 一切の迷いのない足取りは、まるで行く先をあらかじめ知っているかのよう。
 マーニャもカイルもクリフトも、一言も発しないままミネアの後をついていった。

 やがてたどり着いたのは、玉座の間だった。
 ミネアが手を閃かせ、意識を完全に外界から切り離すと、呼応するかのように、とある影が水晶玉に浮かび上がり、見る間に鮮明になっていく。
 マーニャがその人影を認めるなり小さく呻き、ぎり、と歯軋りをした。

 そこに映し出されたのは、倒してなお憎い宿敵、バルザック。
 それも彼がまだ『人間』だったときの、姿だった。

 もはや完全に魔物に堕ちた彼にとどめを刺したこの場所で、3人は食い入るように、水晶玉を見つめた。





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