『おいしいレシピ』
「きゃぁああぁあーーーーっ!!!!!」
「ひ、姫様、どうなさいまし……っげほ、げほっ!!
一体どうなさったんですか!?なんですかこのボールの山は!?
しかも部屋中小麦粉まみれで真っ白じゃないですか!」
「……あ…あ〜〜〜……クリフトが、来たぁあ……けほっ」
「大丈夫ですか?……もしや……お菓子作りですか?」
「う、うん………」
「それはそれは……一声かけてくださったらよかったのに。
あれ、焼きあがっているものもあるんですね。
上手にできているじゃないですか。一ついただいてもよろしいですか?」
「え、あ、あ……うん、どうぞ……」
「いただきます。
……可愛いですね、ハート型のおせんべいですか?
塩味が効いていてなかなか………」
「………く、クッキーなんだけど……」
「………」
「………」
「……失礼しました」
「……いえ、あの、こちらこそ……くすん」
「えーっとあの、あぁ泣かないで姫様!!申し訳ありません!!
………しかし……クッキーですか。
…クッキー……うん、クッキー……。
ま、まぁこれはこれでオツなものですが。
それにしてもなんとも斬新なお味に仕上がりましたねぇ……」
「……やっぱりあの時塩と砂糖間違えてたのね……
途中で嫌な予感はしていたんだけどどっちも白いし、
混ぜちゃった後だからやり直すわけにもいかなくて…」
「それにしても姫様が急にお菓子作りとはまた珍しい。
……まさか、想い人への贈り物とか?」
「!!!!」
「な〜んちゃってあっはっは……姫様?」
「………」
「え、姫様?」
「……………」
「……まさか、本当に?」
「……うん」
「…………」
「…………」
「…………………」
「……あの〜……クリフト?クリフトーっ?
どうしたの?固まっちゃった………」
「……!!!」
「あ、クリフト動いた!」
「……わかりました」
「へ?」
「このクリフト、
姫様の恋が成就するよう精一杯お手伝いさせていただきます!!!」
「え!?いえ、いや、あの……」
「まずお菓子作りは計量が命です!!!!!」
「は、ハイ!」
「とはいえ全て私がやってしまっては意味がありません!!!
私がしっかりサポートさせていただきます!!!!!
さぁ姫様、想いを込めて作りましょう!!!!
とっておきのレシピをお教えいたします、頑張りましょう!!!」
「あ、あの……はい、よろしくお願いします……」
―――1時間後。
「やっぱりクリフト直伝のクッキーは美味しいわね……
悔しいけどこれは認めざるを得ないわ……」
「いや、姫様の想いに勝るものはありません!!!
ところでラッピングはどうなさるのですか?」
「あ、一応用意はしてあるんだけど……」
「……でも姫様、確か……」
「大丈夫、ちょうちょ結びはこの間完璧にマスターしたわよ!!」
「…そうですよね、先日までは固結びしか出来ませんでしたからね……
しかも結び目がいっつも縦になっちゃいますしね」
「……投げ縄結ぶのとか、こづなつなぎなんかは余裕なんだけど」
「……リボンを結ぶのにはどうも適していない気はしますよね……
わかりました、それも僭越ながら私がお教えいたします」
「……お、お願いします」
―――さらに1時間後。
「やっぱりすごいわ。さりげなくポンポンボウにしてしまうなんて……!!」
「いえいえコツさえつかめば簡単ですよ」
「………」
「………うまくいくといいですね……」
「いや、クリフト、あのね……」
「この包装紙は姫様がご自分で選んだのですか?」
「え?ええ……」
「美しいサファイア色ですね。
姫様の想い人はきっとこんな色彩の似合う方なんでしょうね」
「あー、うん、まぁそうね……その……」
「………」
「…………」
「……クリフトはいつでも姫様の幸せをお祈りしております!!
でもそうか……姫様……そうですか……いえ、いいんです。
姫様が笑っていてくださるなら私はそれでいいんです」
「あ、あのー……?」
「その方にはいつお渡しに行くんですか?……っと、野暮な質問でしたね。
失礼いたしました。 では私はこれで」
「ねぇクリフト?あの……」
「そうだ、よかったら姫様がお一人でお作りになったこちらのクッキー、
私がいただいてもよろしいですか?」
「え!?だってそれ失敗作よ?
しょっぱいし食べても美味しくないもの」
「そんな事ありません!!」
「えー……そんなのでよかったらいいけど……」
「ありがとうございます!!!!」
「姫様!!」
「ハイ!!??」
「どうか姫様の恋がうまくいきますように」
「……あ、ありがと……」
涙を拭い、疾風の如く去っていくクリフトと、それをただ呆然と見送るアリーナ。
「………行っちゃった………」
アリーナの手の中には可愛らしい包みが、一つ。
大好きな人を思い浮かべて一生懸命選んだサファイア色の包み紙。
一輪の花のような銀のオーガンジーのリボン。
「びっくりさせたかったのに……結局合作になっちゃったなぁ……
相変わらず思い込んだら突っ走るわよね。
ものすごい迫力なんだもん。断る隙もなかったわ。
しかも味はクリフトの、だし……はぁ……」
綺麗にラッピングされた箱の中には
自分が一人で作ったものなんかより
遥かに美味しく出来上がってしまったクッキー。
確かにこれだけの絶品ならば
貰った人は誰だって飛び上がって喜んでくれるだろう。
まさにどんな恋でも射止めてくれそうである。
だが……アリーナの想い人に関してだけは
果たしてそれが通じるかどうか。
何故なら、彼女の想い人は
ある意味この味は食べ飽きているに違いないのだ。
しかもどうやら何か勘違いされているらしいし。
訂正する間も弁解の余地も与えられずに過ぎ去った
嵐のような一部始終を思い出し、思わずがっくりと肩を落とす。
半ば途方に暮れて包みに目を落とすと、
アリーナは一つ大きくため息をついて呟いた。
「……で。
これは一体いつどこでどんな風にクリフトに渡すべきなのかしら……?」
fin………??