『Just a Game 1.』
恋なんて幻。
愛なんて錯覚。
寂しさを持ち寄って2人影を重ねて、交し合うぬくもりを運命だと信じたいだけ。
だってほら。
いつだって、望む存在(モノ)は、肝心なところで手に入らない。
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報告を兼ねて立ち寄ったバトランドに雪が降る。
積もる白をざくざくと踏み抜いて「さすがね、サントハイムの雪より根性あるわ!」とはアリーナの弁。
聞けば、ふんわりと柔らかく、触れたら淡く消えるそれとは違い、ここの雪は結晶のまま落ちてきて、その手に受け止めてもしばらくは凛とした形を保つのだと言う。
子犬のように駆け回るアリーナがほら、とおもむろに差し出した掌には、まるでクリスタルのような六花がきらきらと煌き、そしてゆっくりゆっくりとしずくに姿を変えていった。
「サントハイムの雪は違うのよ。熱に負けてすぐ溶けてなくなっちゃうの。
私はここに来て初めて、雪ってこんな形してるんだーって知ったのよ。
ただ単に寒いとかだけじゃなくて……なんというかここの雪も空気も、硬い、厳しい感じがする」
彼女の愛してやまない神官のように、流れる詩のごとく言葉を紡ぐ術は持たぬアリーナ故にその感想はどことなくぼやけてはいるけれど、それだけに率直な感覚が伝わってきて、マーニャはつられてくすりと笑った。
遠くからアリーナを呼ぶ声がして一緒に振り返ると、手を振るクリフトが笑いかけている。
マーニャにウィンク一つ残して駆け出した彼女を見送り背を向けて、そっと褐色の繊手を伸ばしてみれば、その掌にはらりと雪の花が舞い降りた。
モンバーバラにも雪は降る。
すぐ溶けるとか溶けないとか、そんなことを意識したことはなかったけれど、でもあの街に雪が降る時、何故かそれは決まって……。
ふと思い当たって、ほろ苦く微笑んで顔を上げた先で、いつの頃からか目で追うようになってしまった人影が足早に白く染まる石畳を踏みしめ行くのが見えた。
声をかけようとして、彼の手にある桃花色と白色に目が留まる。
……チューリップとカスミソウ。
……どちらも春を告げる花。
…………この時期に手に入れるには、少々骨の折れる花。
隆々とした体躯には可愛らしすぎるほどに、愛らしくちんまりとまとめられた花束を持って教会へと向かうライアンの背を、雪のカーテンが覆って隠してしまうまで、マーニャは黙って見つめ続けていた。
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雪。
モンバーバラの雪。
アタシが好きになりすぎて、いつか手を放される瞬間を恐れて自ら一生一度と決めた恋を叩き壊したあの日にも。
人づてになんとなく聞いて知った、ミネアが初めて溺れるほどに愛した誰かと道を違えたその時も。
そう、モンバーバラに降る雪は、何故かいつだって別れの記憶を彩る、鮮明な、白。
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物思いにふけっていた紫水晶の瞳に、ふと優しい色彩がよぎる。
はっとして釣られるように振り返った視界に飛び込んできたのは桃花色と、それを束ねる鮮やかな赤のリボン。
間違いなくさっき、ライアンが持っていた花……そしてそれを今持っているのは、立ち寄るたびに無事を祈っていると伝えてくれと頬を染めて託を頼みに来る女性だった。
ふわりと翻る柔らかな風のような人。
湧き上がる嬉しさを隠しきれないように、ふふっと頬笑んで、花束を大切に大切に抱えるそのしぐさのなんと似合うこと。
控えめながらも軽やかな足取りが、自分の真横をすり抜けて遠ざかるのをただ呆然と見送って。
静かに、艶やかな唇が弧を描く。
ああ、そうか。
交わしたキスがよみがえって、白に溶けて消える。
なぁんだ、そうか。
抱きしめあったぬくもりが、ゆっくりと冷えてこの体から遠ざかる。
わかっていた。
いつか、アイツは。
わかっていたはず。
所詮、アイツとアタシは違う世界の人間だって事くらい。
ふふっと笑って、マーニャはくるりときびすを返すと、何かを振り切るように歩き出した。